管理職になったら「自分の育ち方」と「正義観」に注意する
仕事のできる上司の方。
特に、若い頃に先輩に厳しく育てられたという方は要注意。
私たちは客観的にものを見ているつもりでも、実はそれぞれ違うフィルターを通して見ています。
同じものを見ていても受け取り方が違う場合、そのフィルターがそれぞれ違うからです。
係長や課長になったら、自分がどんなフィルターでものを見ているのか、一度振り返ってみることをお薦めします。
「フィルター」は、その人の知識、経験、立場、養育環境等によって変わります。
特に影響が大きいのは、
「自分が若い頃の育ち方」と「正しいと思っている価値観」。
まず「自分が若い頃の育てられ方」ですが、
人は自分が育てられたように部下と関わろうとします。
それしかモデルがないことと、自分の成功体験でもあるから。
例えは悪いのですが、虐待された子どもがつい自分の子どもに同じように接してしまうのと似ているかもしれない(皆がそうという訳ではありません)。
実は私も入庁したとき、先輩に厳しく育てられました。
よく褒めてもくれる人でしたが、間違ったり、さぼったりすると結構怒鳴られた。
そうやって育てられるのが当たり前だと思っていました。
また人とよく激論してました。
若い頃財政課にいたのですが、20代そこらなのに予算査定で文化財係長と机を叩いて怒鳴り合ったり、
係長時代は上司の総務部長と、人事評価制度を給与に処遇反映するかどうかで激論しました。
お互いに机たたき合いながら。
今思うとやりたい放題やったなあとは思いますが、それを好む人達だったし、そういう人が周りに多かったということもあります。
なので、「机を叩いて激論するくらいの真剣さがないとわからん!(ダメだ)」というのが私の価値観になっていました。
ある時、私が児童福祉の係長の頃ですが、予算査定で財政課の女性担当者からヒアリングを受けました。
事前によく調べており、考え方もしっかりしている。
「この子、優秀だなあ」と思うと、いらぬお節介で「厳しく育てよう」という気持ちが出てくる。
さすがに机は叩かないものの、激論を始めるわけです。
その職員も頑張って付いてきてたのですが(まあ、仕事だから)、さすがにその後は寄りつかなくなりました(汗)
ほんとに悪いことをしたなあという後悔と、自分のフィルターに気づいた体験でした。
「厳しく育てる」というのが自分の育てられ方であり成功体験なので、
ついそれと同じことを若手にもしてしまう。
「本当にやりたいならば、突っかかってでもやってこい!」という価値観から、激論をふっかける。
それらは私にとっての「当たり前」であり、そうでない人も多い。
「普通」とか「当たり前」とか言い出したら、「ちょっとまずいかも」と立ち止まって周りを見回すことをお薦めします。
あなたの「当たり前」はあなたの育ち方、価値観からくる「当たり前」であり、それと異なる「当たり前」を持っている人が数多くいる。
それゆえ、お互いがどんな「当たり前」をもっているのか、じっくり観察したり、対話の中で違いを確認することが大切です。
パワハラは、その多くが自覚無くされてる場合が多い。
「悪意なきパワハラ」というのが一番困るかもしれない。
課長、係長になり部下を持ったら、ぜひ自分が普段どんなフィルターを持っているのか振り返ってみてください。